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古いネガから 11
 昭和45年(1970)4月2日〜5日、高校の友人たちと信州へ旅行に行きました。鉄ではなく雀な友人たちだったので記念撮影的なものが多く、鉄道はあまり撮影していません。行程としては、京都から急行「比叡1号」で名古屋、急行「赤倉」で長野、長野電鉄で湯田中まで行き宿泊、2日目は長野から上田に寄って軽井沢へ移動して宿泊、3日目は軽井沢から普通列車で東京へ出て、なんと大垣夜行143Mで名古屋へ出ています。4日目は名古屋城などへ行って、急行「ちくま1号」で京都へ戻りました。
 カメラはコニカオートS、フイルムは 4/2〜3 がネオパンSS、4/4 はトライXです。 (2008.02.26)

 1枚目の名鉄を追加しました。 (2008.02.28)


 急行「比叡」の車内から名鉄を撮影しています。


(P:1970.04.02)
 急行「赤倉」の車内から神領電車区を撮影しています。


(P:1970.04.02)
 赤倉の車内から関西電力読書発電所を撮影しています。

 急行「赤倉」の編成も左側に写し込んでいます。キロ2両入りの堂々たる10両編成です。

(P:1970.04.02)

 国鉄長野駅の駅舎です。


 42.4.2 長野駅券売機入場券


(P:1970.04.02)
 長野電鉄の長野駅です。まだ地上駅でした。

 湯田中温泉行きの特急電車は2000系です。
 スカートが付いているので、第4編成(D編成)です。
 湯田中 ←              → 長野
     モハ2007-サハ2054-モハ2008

(P:1970.04.02)
 昭和32年(1957)から昭和39年(1964)にかけて新造された長野電鉄の特急用電車です。

現在は冷房化され塗装が変わりましたが、2008年2月時点でも3両編成2本が現役を保っている電車です。


(P:1970.04.02)

 長野〜篠ノ井間に乗車券です。はみ出し区間になるので購入したものです。

 自動券売機の発行ですが、比較的色あせしないで残っています。サーマルプリントでなくインク印刷なんでしょうか。

 
・軽井沢駅前に保存されていた「鉄道記念物アブト式鉄道」10000形電気機関車(EC40形)です。

・信越本線横川〜軽井沢間(碓氷峠)用のアプト式電気機関車で、1912年5月11日の同区間の電化の際に使用される電気機関車として、12両が輸入されました。
製造当初の形式番号は10000形(10000〜10011)でしたが、昭和3年10月(1928年)の車両形式称号規程改正により、EC40形(EC401〜EC4012)に改められています。

(P:1970.04.03)

 軽井沢駅の入場券です。

 

 

 往路と同じ経路で帰る予定でしたが、東京へ行きたいという要望が出て、急遽変更となりました。

 信越本線の普通列車で軽井沢から上野へ行きました。初めての「横軽」です。3重連に支えられながら勾配を下ります。

 1970年1月号時刻表での推察ですが、昼間に碓氷峠を下る上野行き普通列車は、直江津発上野行き326列車しかないので、おそらくこれに乗車したものと思われます。

(P:1970.04.04)

 横川駅へ降りてきました。機関区の横を通ります。

(P:1970.04.04)

峠のシェルパEF63はここで解放です。

(P:1970.04.04)
 本務機EF62だけとなった326列車。

 機関車の横で記念撮影。

(P:1970.04.04)
 横川駅の駅弁「峠の釜めし」を食べました。

 

(P:1970.04.04)

 東京駅の赤印刷入場券です。

 このあと東京で何をしていたのか…、あまり記憶に残っていません。


 新幹線に乗車するわけではないのに、新幹線ホームに入っているようです。

 これはキロポストでも撮ったのでしょうか、ピンぼけ列車ぶれでよくわかりません。0系であることは確かです。


(P:1970.04.04)

 大垣夜行143Mで名古屋に着き、名古屋城が開展するのを喫茶店で待っている間、テレビで「日航よど号乗っ取り事件」が放送されていました。

名古屋15:40発の「ちくま1号」で元の予定に戻りました。


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