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江若鉄道 4

 昭和43年(1968)8月18日、単独で江若の撮影会を実施しました。「江若夏の陣」と呼ばれる客車列車や長編成の気動車列車が見られる時期を選んだのです。しかし、お盆過ぎということもあり、意外と乗客は少なかったようです。もうレジャーは自動車の時代へとシフトしていたのです。安曇川から先、終点の近江今津まで乗車したのも今回が初めてです。何せ運賃が高いので、高校生の身分ではそんなに頻繁に撮影へ行けませんでした。
 ここでは近江舞子南口と近江舞子で撮影した分を掲載します。(2008.03.**)


1968年 撮影
近江舞子南口駅です。

近江舞子までの水泳客用の列車が設定されているので、効率よく撮影できると考えたのです。この駅は枕木を組んでホームを造っています。乗降場扱いの駅です。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
キハ50形 キハ51
振興DMH17 液体式変速 昭和28年(1953)帝国車輌

熊延鉄道ヂハ201として新造されたディーゼル動車ですが、昭和39年(1964)同鉄道の廃止によりヂハ202とともに江若鉄道へ譲り受けられ、整備改番して51号となりました。2枚組になった窓配置ですが車内はロングシートです。運転室が左隅にあり、反対側は前面までシートがあるので、かぶりつきの展望席になっていました。液体変速ですが、総括制御ができず、ドアも手動です。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
キハ51+ハフ7 近江今津行

上の列車のバックショットです。
乗降場のような簡易な駅ですが、水泳シーズンは駅員も出向して小屋に詰めていました。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
5121-5010-5122+キニ5 浜大津行。

総括制御DTD3連+機械式1両です。
もしかしてキニ5は無動力扱いかもしれません。

C4形 キニ5
振興DMH17A 機械式三段変速 昭和6年(1931)日本車輌

昭和6年、日本車輌で新製されました。18m級の大型気動車でウォーケシャ6RBガソリン機関を搭載して登場しましたが、昭和25年(1950)に日野DA54ディーゼル機関(78PS)に取替ています。その後昭和30年(1955)にDMH17機関を搭載しました。
登場時は前面が4枚窓でしたが、昭和31年(1956)に3枚窓に改造されています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
5124-5120-5123+キハ22 近江今津行。

 サボが2段表示になっており、白地の部分は「快速」かもしれません。

C29M形 キハ5124
日野DA59-A2 液体式変速 昭和12年(1937)川崎車輌

国鉄キハ07形07 24号で昭和39年(1964)に払い下げを受けています。
昭和40年(1965)に総括制御・自動ドア・貫通式に改造、丸形6枚窓の前面が削られて角形となり乗務員扉が設置されました。元の07系の印象は窓配置に残っています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、加越能鉄道へ売却され、同線廃止後は関東鉄道へ転出しました。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
5124-5120-5123+キハ22 近江今津行。

上の列車のバックショットです。


(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
近江舞子南口駅ホームです。

台枠は鋼材を使っているようです。簡易な造りですが、水泳シーズンの乗降客はかなり多いので、18m気動車4両分の長さがあります。
近江今津側の乗務員詰所があり、水泳シーズンは駅員が配置されます。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
DD1351+オハ2763+オハ2764+オハ2765 近江舞子行

夏ダイヤで運転される客車列車です。

DD1351
DMF31S×2 液体式変速 昭和32年(1957)汽車会社

国鉄DD13形の試作機として有名な機関車です。ヘッドライト、ボンネットやキャブのデザインが後の国鉄形と異なります。DMF31S(370PS)を2基搭載していますが、それぞれ単独で台車に駆動され2台の機関車を背中合わせにしたような構造です。これは国鉄量産時には2台の出力を統合してから台車へ伝えるように変更されました。

昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、別府鉄道へ売却されました。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
DD1351+オハ2763+オハ2764+オハ2765 近江舞子行

上の列車のバックショットです。

オハ27形 オハ2763・2764・2765
 昭和3年(1928) 日本車輌(2763/2764)・川崎車輌(2765)

国鉄オロ31形として新造された17m鋼製客車です。国鉄時代にオハ27形に形式変更され、昭和39年(1964)江若へ払い下げられました。
オロ31110→オハ27110→オハ2763
オロ3192 →オハ2792 →オハ2764
オロ31117→オハ27117→オハ2765
3両とも洗面所便所撤去、2763・2765は洗面所跡車掌室化の改造をしています。車番は江若入線時の1964年の64を中心として前後の番号をつけたものです。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
5123-5120-5124+キニ9+ハフ2 浜大津行。

先ほどの総括3連が編成を変えて戻ってきました。

ハフ2形 ハフ2
昭和3年(1928)汽車会社

成田鉄道ガ101として製造され成田時代に片ボギーに改造されていました。昭和19年(1944)江若に譲受、キニ15としました。昭和26年(1951)に機関を撤去しハユフ15となり、昭和28年(1953)四輪ボギーに改造、昭和34年(1959)郵便室撤去してハフ2となっています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
近江舞子南口から近江舞子駅へ向かって歩きました。

線路状態はあまりよくありません。レールは30〜37kg10mの短尺と思われます。枕木も古くなっているようです。
保安装置の信号機は腕木式、閉塞はタブレット式通票閉塞でした。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
DD1352+オハ1958+オハ1960+オハ1957+オハ1959 近江舞子行

夏ダイヤで運転される客車列車です。

オハ1900形 オハ1957
オハ1910形 オハ1958・1959
明治35年(1902)関西鉄道四日市工場

関西鉄道の木造オープンデッキ三等ボギー客車で、昭和12年と16年に鉄道省から払い下げを受け、ホハ101〜104の4両ありました。図面によるとホイールベース1676mmの釣合梁式台車を履いていたようですが、昭和25年(1950)にTR11に取り換えています。ホハ101は昭和30年(1955)に廃車されましたが、102〜104の車体を昭和35年(1960)大鉄車輌で半鋼製に改造し形式変更しました。客車ですがバス窓気動車のようなスタイルであり、種車の台枠を使っているので車体裾が長くなっています。1958・1959は扉付き乗務員室を持ち、庇付き2枚窓の非貫通スタイル妻面です。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
DD1352+オハ1958+オハ1960+オハ1957+オハ1959 近江舞子行

上の列車のバックショットです。


オハ1960形 オハ1960
昭和36年(1961)大鉄車輌

上記オハ1900系と同様のスタイルで江若発注の新造車です。台車は近畿車輛製K67という電車用台車を履いています。新造扱いですが、台枠はホハ101のものを流用したといわれています。両妻とも貫通の中間車となっています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)
近江舞子駅北側で撮影しました。

キハ12+キニ11+ハフ8 浜大津行

ハフ7形 ハフ8
  昭和7年(1932)日本車輌

13m級でメルセデス・ベンツOM-5S形ディーゼル機関を搭載し機械式4段変速、銀色塗装で登場しました。
昭和16年に機関・運転室を撤去し、気動車改造客車となりました。
晩年に乗務員室扉・客用扉窓がHゴム支持の改造されています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1968.08.18 コニカオートS ネオパンSS)

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