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江若鉄道 2

 昭和42年(1967)1月15日、祝日を利用して江若の撮影に出かけました。本格的に「鉄道写真を撮る」と意気込んで出かけたのはこのときが初めてです。とはいっても、基本は模型つくりが前提にあって、列車の走っているきれいな写真でなく、三井寺下機関区へ出かけて細部写真を撮影しています。台車やエンジンなどは別ファイルにしていますので、ここでは車輛のわかる写真を掲載しました。(2008.03.22)


1967年 撮影
C14形 キハ17
日野DA59A 機械式4段変速 昭和10年(1935)川崎車輌

国鉄キハ41000形41105号で昭和28年に払い下げを受けています。その当時は日野DA55形(75PS)機関を使っていましたが、昭和35年(1960)DA59A(114PS)を搭載しました。
昭和40年(1965)に車内を「お座敷」に改造しています。国鉄の和式客車の登場が1960年なので、このお座敷気動車への改造は、かなり早い時期といえます。しかし、その結果として通常列車に使用できず、仲間より先に廃車されてしまいました。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C14形 キハ16
日野DA58 機械式4段変速 昭和8年(1933)日本車輌

国鉄キハ41000形41044号で昭和25年に払い下げを受けています。その当時は日野DA55形(75PS)機関を使っていましたが、昭和33年(1958)DA58(105PS)を搭載、可動車輪を取り付けましたが、研削が難しいなどので1年あまりでやめてしまいました。昭和36年(1961)には機関をDA59A(114PS)に換装しています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、御坊臨港鉄道へ売却されています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C4形 キニ4
振興DMH17A 機械式3段変速 昭和6年(1931)日本車輌

昭和6年、日本車輌で新製されました。18m級の大型気動車でウォーケシャ6RBガソリン機関を搭載して登場しましたが、昭和26年(1951)に日野DA54ディーゼル機関に取替、昭和30年(1955)にはDMH17を搭載しています。
登場時は前面が4枚窓でしたが、昭和31年(1956)に3枚窓に改造されています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C14形 キハ15
日野DA59A 機械式4段変速 昭和8年(1933)日本車輌

国鉄キハ41000形41023号で昭和25年(1950)に払い下げを受けています。その当時は日野DA55形(75PS)機関を使っていましたが、昭和35年(1960)DA59A(114PS)を搭載しました。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C18形 キハ22
日野DA59-A2 液体式変速 昭和12年(1937)川崎車輌

国鉄キハ07形07 1号で昭和37年(1962)に払い下げを受けています。日野DA59-A2形(114PS)機関を搭載しています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

C9形 キニ9
振興DMH17B 機械式4段変速 昭和10年(1935)日本車輌

江若の日車流線形といえばこれです。屋根布が前面窓まで垂れ下がった独特のデザインですが、窓配置はキニ4と同様のスタイルになっています。前照灯は埋め込みでしたが、改造されて普通の取り付け式になっています。
機関はGMF13形ガソリン機関で登場、昭和29年(1954)にDMH17機関を搭載しています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C9形 キニ11
振興DMH17 機械式4段変速 昭和12年(1937)日本車輌

キニ9と同様の日車流線形です。
機関はGMF13形ガソリン機関で登場、昭和23年(1948)に日野DA54機関を搭載してディーゼル化、その後昭和27年(1952)にDMH17機関に取替ています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
ハフ7形 ハフ7
  昭和7年(1932)日本車輌

13m級でメルセデス・ベンツOM-5S形ディーゼル機関を搭載し機械式4段変速、銀色塗装で登場しました。
昭和16年に機関・運転室を撤去し、気動車改造客車となりました。
輸送力調整用の中型客車として重宝され、DTやDDT編成で使用されていました。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止までそのまま活躍し、廃車解体されています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C25S形 キハ12
振興DMH17A 機械式4段変速 昭和12年(1937)日本車輌

キニ9と同様の日車流線形として登場しましたが、昭和35年(1960)車体を大改造し、いわゆるバス窓のデザインを取り入れ、前面も独特の風貌を持つ車輛に生まれ変わりました。
機関はGMF13形ガソリン機関で登場、昭和25年(1950)に日野DA54機関を搭載してディーゼル化、その後昭和27年(1952)にDMH17機関に取替ています。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、岡山臨港鉄道へ売却され昭和59年(1984)末の同鉄道廃止まで活躍しました。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C28SM形 キハ5121
振興DMH17B 液体式変速 昭和12年(1937)日本車輌

元国鉄キハ42054で車体のみを購入し自社整備の上、昭和28年(1953)からキハ18として使用を始めました。昭和35年(1960)にTC2形液体変速機を取り付けています。その後、昭和41年(1966)に車体改造し、DTDの固定編成用として近江今津側運転台を撤去、切妻に改造しています。総括制御・自動ドアを装備して編成単位の運用についていました。
昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、関東鉄道へ売却され竜ヶ崎線で活躍しました。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C22M ハ5010
  昭和12年(1937)川崎車輌

キニ9形の競作として川崎車輛で製作され、流線形ガソリン動車キニ10として登場しました。その後、機関取替など行われましたが、昭和38年(1963)に機関を撤去、ハニフ10として気動車改造客車になりました。昭和41年(1966)に車体改造し、DTDの固定編成用として流線形部分を撤去、切り妻の中間車となり5121-5010-5122の編成を組んでいました。

この日は5121-5010-5123の編成を組んでいました。

昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、関東鉄道へ売却され竜ヶ崎線で活躍しました。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
C25M形 キハ5123
振興DMH17B 液体式変速 昭和6年(1931)川崎車輌

昭和6年川崎車輌で新製、キニ4と同タイプですが初めから前面3枚窓でした。18m級の大型気動車でウォーケシャ6RBガソリン機関を搭載して登場しましたが、昭和25年(1950)にDMH17を搭載しています。
昭和40年(1965)に改造され、総括制御・貫通扉・自動ドア・シールドビーム2灯などを整備しました。5120-5123-5124の編成で使用されることが多く、この日の5121-5010-5123の編成は珍しいものです。

昭和44年(1969)の江若鉄道廃止後、関東鉄道へ売却され竜ヶ崎線で活躍しました。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオニパンSS)
キハ5123

三井寺下駅の本線上で停車し、整備陣がどっと乗り込むところ。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)
ハ12の廃車体

大正3年(1914)梅鉢鉄工

昭和19年(1944)播但鉄道から譲り受けたとされる2軸客車で、昭和24年(1949)に廃車となっています。

(P:1967.01.15 コニカオートS ネオパンSS)

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